久米寺

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久米寺
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 久米寺

久米仙人は、欽明(きんめい)天皇の御代、金剛山麓葛城の里に生まれたとされています。吉野山麓龍門ヶ獄(りゅうもんがたけ)で神通飛行術を取得し、空中を自由に飛べるようになりました。 その後、百数十年もの間、久米寺に住んでいたといわれています。聖武(しょうむ)天皇が東大寺に大仏殿を建立する際、勅命を受けた久米仙人は神変不思議の仙術を使い、国々にある大木大石の数々を三日三夜の内に大仏殿境内まで飛ばして集めて見せました。その甲斐あって大仏殿の建立は速やかに成就したと伝えられています。久米仙人の働きに深く感銘した聖武天皇は、免田30町歩を与えたということです。この伝説は、「今昔物語」にも見られます。 久米仙人のユーモラスな伝説では、神通力を得て空中を飛びまわっていた仙人は、ある日、川で美しい女性が洗濯しているところに遭遇し、その女性のふくらはぎに目がくらみ神通力を失い墜落したという話も残っています。 久米寺は、畝傍山(うねびやま)の南に位置する仁和寺(にんなじ)別院の真言宗のお寺で、橿原神宮(かしはらじんぐう)の一の鳥居を南に入ってすぐのところにあります。 一般に「久米(くめ)の仙人」の伝説にちなんだ寺として知られていますが、もともとここは久米部(くめべ)の武人の住んだ地といわれ、推古(すいこ)天皇2年の時に聖徳太子の弟だった来目皇子(くめのおうじ)の創建と伝えらる古寺です。 来目皇子が幼少の頃眼病を患い両目を失明しましたが、聖徳太子のお告げにより薬師如来に祈願したところ平癒したと言われています。これにより皇子は、自らを来目皇子と称したということです。創建のきっかけは、推古天皇の眼病全快のお礼だったと言われ、本尊の薬師如来は、眼病に効くと言われました。 毎年開かれる5月3日の久米寺練供養(くめでらねりくよう)の会式では、二十五菩薩が練り歩く様子がみられます。 境内には京都の仁和寺から移建された禅宗の影響が見られる多宝塔(重要文化財)や本尊の薬師如来坐像、久米仙人像などがあります。弘法大師空海ゆかりのお寺でもあります。 境内は拝観自由(あじさい祭の時期は、有料)で、仙人弁当や中風(ちゅうふう)よけになるという南瓜の酢の物料理も楽しめます。また、ユキヤナギ、ツツジ、アジサイの美しいお寺としても有名です。

住所
奈良県橿原市久米町
交通・アクセス
近鉄橿原神宮前駅 徒歩約6分
近鉄橿原神宮西口駅 徒歩約11分
近鉄岡寺駅 徒歩約14分
近鉄畝傍御陵前駅 徒歩約16分